「視界に入ってくる人の数によって時の流れが変わるんじゃないか」そんな感覚を覚えることが時々あります。無数の人々とすれ違う都会にいる時と、草や葉っぱの擦れ合う音が聞こえるくらい人気のない森の中にいる時。全く別の世界ですよね。
奄美大島は1,200万年~500万年前までに大陸から切り離されたことや、地形が複雑で高い山もあり降水量も多く、森林、渓流、滝、河川、干潟が多いことなどの気候・地形的条件も相まって生物たちは独自の豊かな生態系を作り上げてきました。日本全体で確認されている生物種は約38,000種ありますが、奄美大島にはその13%ほどに当たる5,083種が確認されています。捕食者が島にいなかったため、捕食者のいる大陸では絶滅していたであろう生き物たちが生き残っています。国の特別天然記念物アマミノクロウサギもそんな生き物の一つで、名前を聞いたことがある方も多いと思います。独自の進化を遂げ、ウサギの中でも原始的な形態を残している種なのだそうです。
最近、そのアマミノクロウサギについて、なかなかすごいことが分かりました。
島暮らしのアマミノクロウサギは「ゆっくり成長」-成熟までの期間が近縁種の5倍、現生哺乳類
では世界初の発見-(東京大学、2025年4月3日)
脛の骨の断面を調べたところ、普通のウサギが1年以内で成熟するのに、アマミノクロウサギはゆっくり5年くらいかけて成熟することが分かりました。これは「世界的にも極めてゆっくり」で、現存する哺乳類で確認されたのは世界初とのこと。捕食者が少なく、餌資源に限りがある島という環境で、急ぐことなくゆっくりと成長できる余裕があったためそのように進化していったということでしょうか。
それにしても5倍ですよ、5倍。人間でいうなら18歳で「成人」になるところ、90歳でやっと成人になるということです。なんというか、時間の重みがのしかかってきて、気が遠くなる感じがします。また、いつも急斜面を上り下りしていることもあってアマミノクロウサギの骨組織は緻密で頑丈であることも分かりました。じっくり、頑丈に育つというわけです。
人間社会は競争社会。のんびりできません。個人においても社会全体においても常に早い成長が求められている空気があります。その一方で、気候変動や環境破壊、経済格差、産業空洞化、グローバリズムの弊害、肥大化する国家債務など、さまざまな問題に直面しています。
アマミノクロウサギから人間社会を眺めたら何が見えるんでしょうか。「クロさん、どう思う?」「お宅ら、ちょっと焦りすぎかもね。もっと落ち着いてゆっくり成長したら、修正もしやすくなるかも。もうちょっとマシになるかもな」などと言われるのか。「お前ら人間は複雑すぎて分からんわ。ウサギに聞くな」などと一蹴されるのか。いつか動物と会話ができる時代が来たならば、ゆっくり時が流れる世界の中にいるアマミノクロウサギと黒糖焼酎でも飲み交わしながらそんな話ができたら面白いですね。
さて、東北大学の主催でネイチャーポジティブについてのセミナーが開催されるのでご案内します。
名称: 今さら聞けない「ネイチャーポジティブ」
Vol.1『ネイチャーポジティブを知ろう!なぜ今、取り組むのか?』
日時: 2025年4月24日(木)18:30~19:30
会場: オンライン
主催: 東北大学COI-NEXT ネイチャーポジティブ発展社会実現拠点
参加費: 無料
主な内容:下記HPより抜粋
開催趣旨等の説明(NP拠点・事務局より)
・講演1
近藤 倫生(東北大学大学院生命科学研究科・WPI-AIMEC 教授/NP拠点長)
「生物多様性の危機とネイチャーポジティブ」
「未来の日本が目指すべき姿とは?」
・講演2
藤田 香(東北大学大学院生命科学研究科 教授/NP拠点副拠点長)
「ネイチャーポジティブに関する世界潮流」
「自然資本の保全に向けた企業や自治体の取りくみ」
質疑&ディスカッション
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