守っているのか、傷つけているのか サケ・マスの放流

よかれと思ってやったことが、裏目にでてしまった。そんなこと、ありますよね。

魚を獲りすぎて枯渇してしまうといけないから、人の手で卵や稚魚を守ってその後放流し、その数を維持する、あるいは増やす。こうした人工ふ化と放流の歴史は、それほど古くありません。

明治時代初期に、内務卿の大久保利通に「我が国でも積極的に水産業振興策を講ずるべきである」と進言し、日本のサケの人工ふ化放流の先駆者となったのが関沢明清(せきざわあききよ)でした。

関沢は加賀藩士としてイギリスに留学した秀才で、明治政府に入ったのち1873年(明治6年)にウィーン万国博覧会を訪れました。そこでマスの人工ふ化の技術に出会い、衝撃を受けます。やがてアメリカに渡ってふ化技術を詳しく学んで帰国。関東地方で親魚の手配、養魚池の設置、人工授精などを主導し、やがて茨城県那珂川において日本で初めて人工ふ化放流を行いました。

その後、サケ・マスの増殖事業は困難な時期を経験しながらも科学的知見の蓄積と技術発展が進み、1970年代には飛躍的な資源増につながって現在に至っており、日本の水産業において重要な位置を占めています。

ところが、去る2月に、「放流しても魚は増えない」だけでなく、さらには「放流は河川の魚類群集に長期的な悪影響をもたらす」という研究結果が報告されました。

北海道大学:放流しても魚は増えない~放流は河川の魚類群集に長期的な悪影響をもたらすことを解明~
(地球環境科学研究院 助教 先崎理之)

これはもう意外で、「えっ?そ、そうなんですか!?」と思ってしまいました。

この研究では、北海道のサクラマスの放流について調査し、データの解析が行われました。自然界では生じ得ないような大量の稚魚を放流すると、種内・種間での競争激化を促し、放流した種の自然繁殖は抑制され、他の種が排除されていく作用がある。結果として魚類群集全体の種数や密度を低下させてしまう。そんなことが分かりました。

それぞれの川の自然環境が受け入れられる「許容力」を考慮しなければ、放流は有用でないだけでなく、生物多様性を傷つけてしまうことが指摘されています。また、自然資源の持続性を保つには、生息環境の保全がまずもって重要であるともされています。

人工ふ化放流は国内外の様々な地域で行われているので、その環境も様々です。今回の研究結果が全てにあてはまるかどうかは分かりませんが、生態系を守ることの難しさを改めて感じました。

生物多様性の保全に関するシンポジウムが開催されますので、ご案内します。

名称: 生物多様性保全(ネイチャーポジティブ)の達成を目指した これからの環境教育の展開
日時: 2023年6月25日(日)13:30~16:30
会場: 立教大学14号館D201教室/オンライン配信なし
主催: 公益社団法人 日本環境教育フォーラム(JEEF)
参加費: シンポジウムは無料 
(*懇親会への参加を希望する方は800円)
主な内容:下記HPより抜粋 
・記念講演
「JEEFのこれまでとこれから」
岡島成行 (学校法人青森山田学園 理事長/公益社団法人日本環境教育フォーラム会長)

・基調講演
「新しい生物多様性枠組と2030年ネイチャーポジティブ実現への道筋」
武内和彦さん(公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)理事長
/東京大学未来ビジョン研究センター 特任教授)

・パネルディスカッション
「生物多様性×環境教育」をすすめていくために

<モデレーター>
阿部治(公益社団法人日本環境教育フォーラム理事長/立教大学名誉教授)

<パネリスト>※50音順
奥田直久さん(環境省自然環境局 局長)
奇二正彦さん(立教大学スポーツウエルネス学部スポーツウエルネス学科 准教授)
藤田香さん(東北大学グリーン未来創造機構/大学院生命科学研究科 教授)
矢動丸琴子さん(一般社団法人Change Our Next Decade 代表理事)

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