インドのヒンズー教における3大最高神「シヴァ」は破壊と再生を司る神。そのシヴァが乗り物にしていたのがウシであることから、インドではウシは神聖視されています。
ミルクを出してくれるし、そのフンは畑にまけば肥料になるし、土と混ぜて家の外壁に塗れば断熱効果があり、固めて乾燥させれば日々の調理で使う燃料にも使えます。また耕作や運搬でも大いに人々の暮らしを支えてきました。
しかし化学肥料の浸透、ガスコンロの普及、トラクターの登場など、近代化とともにウシの有用性が低下してきました。いまでは、ミルクを出さないオスのウシは生後間もなく捨てられてしまうことが多いそうです。しかし、インドではウシを殺すことが法律で禁じられているため、”野良ウシ”は増える一方。現在インド国内にはなんと500万頭もの野良ウシがいるそうです。
普段おとなしいウシでも、これだけいると大変です。町でも農村でも、作物を荒らしたり、深刻な交通事故の原因になったりしているそうで、大きな社会問題になっています。
インドの全国酪農開発機構(National Dairy Development Board, NDDB)によれば、2019年時点でインドには家畜ウシが約3億頭います。
これは、世界の家畜ウシの約3割に相当します。
ウシというと、そのゲップやフンなどから発生するメタンガスが地球温暖化の原因の一つになっていることが問題になっています。こうしてみるとインドはなかなか大変な状況にありますね。
そんな中、昨年から自動車メーカーのスズキ株式会社がウシのフンからバイオガスを作り出し、それを精製して自動車用燃料にしようというバイオガス実証事業に取り組んでいます。
先日行われたG7広島サミットに合わせて行われた日本自動車工業会のオンライン記者会見の中で、スズキの鈴木俊宏副会長は、
・10頭分の牛糞で1台のクルマを1日動かすことができる。
・インドは牛が3億頭いる。そうすると3,000万台のクルマを牛糞で動かせる。
・電動化だけではなくそのような多様性、いろんなエコシステムを活用することによって、 カーボンニュートラルができる。
と述べました。
とてつもない資源がそこにあるわけですね。脱炭素に役立つクルマの代替燃料ということだけにとどまらず、農村の経済にも大きなインパクトをもたらし、インドの社会を大きく変える可能性を秘めています。神聖なはずのウシが問題視されるのではなく、再び人々から本当に大切にされる状況に変わっていくといいですね。
いま、世界の天然ガスの埋蔵量の4割近くを中東が占めているようですが、「世界のウシから作るバイオガスの3割はインドが占める」なんて言われる日が来たら、面白いですよね。