今さら聞けないQ&A「減ったのに増えている」

今さら聞けないQ&A「減ったのに増えている」を配信します。
こちらのPDFファイルには炭素収支図があります。そちらも御覧ください。

Q:新型コロナで二酸化炭素の排出が減ったのに、何故、大気中の二酸化炭素濃度が増えたのですか?

 4月14日付けのメールで「大気中の二酸化炭素濃度の上昇が止まらない」というニュースが配信されました。ところが、その2週間後には、「人間活動による2020年の二酸化炭素排出は、2019年にくらべて7%減少」というニュースを受け取っています。

 排出が減ったのに濃度の上昇が止まらないのは何故なのでしょうか?

A:減ったのに増えている?! これは謎です。

 謎を解くカギは、私たちが把握している以外にも、大気に放出されたり、大気から失われたりする二酸化炭素、すなわち「自然による二酸化炭素の出入り」、があることです。

 新型コロナで7%減ったのは「人間活動による流入」です。ところが、これより一桁多い数千億トンの二酸化炭素が海や生物を介して大気を出入りしています。流入は7700億トン。人間活動によるものの20倍以上あります。一方、流出7880億トン。これが「自然による二酸化炭素の出入り」です。

 ですから、「海や植物・微生物などからの出入り」が僅かに増加したり、「海に溶け込んだり光合成によって流出」が少し減ったりすれば、たとえ人間活動による排出が26億トン減っても、全体として二酸化炭素濃度が増加しても不思議ではないのです。

以上が、減っているのに増えている理由です。しかし、減ったのに増えてしまうことを見過ごしにはできません。気候非常事態脱出を目指す私たちの削減努力が水の泡になりかねないからです。そうさせないために、もう少し「自然による二酸化炭素の出入り」の中身について詳しく知る必要があり、研究が進んでいます。

 そうする中で、温暖化などの地球環境の変化が自然による二酸化炭素の流入増加と流出減少を引き起こしている可能性が指摘されています。たとえば、「地球の肺」とも言われてきたアマゾン熱帯雨林が2010年から2019年の間では炭素の放出源になっているという報告が最近発表されました。人工衛星でブラジルのアマゾン域の地上部バイオマス(=現存量)と森林面積とを観測した結果です。アマゾンと聞くと、土地利用問題すなわち森林破壊が放出源になった理由だと感じるかもしれません。ところが、それがそうでもなく、実は森林面積が減少する森林破壊よりも森林の質が低下する森林退化(forest degradation)の方が3倍も大きかったというのです。
https://www.nature.com/articles/s41558-021-01026-5

 自然からの流入増が懸念されているのは森林だけではありません。氷河の融解加速*1 による融解水の流れが増加して菌類が植物遺体を分解する速度が速くなって二酸化炭素の放出が増加しています*2 。さらに、北極域の発生量が過小評価されている*3 、永久凍土融解水からの発生予測が14%過小評価*4 、今世紀後半に北極域周辺泥炭地の有機炭素貯留機能の著しい低下が起こる*5 、乾燥が進む陸水域では二酸化炭素排出が6%(=年間4.4億トン)も増加するなど、思いもよらなかった事実が次々と発見されており、温暖化に伴う環境変化が自然による二酸化炭素流入の増加と流出の減少をもたらすのではないかと懸念されています。


*1 https://www.nature.com/articles/s41586-021-03436-z
*2 https://www.nature.com/articles/s41558-021-01004-x
*3 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/gcb.15193
*4 https://agupubs.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1029/2020GL087085
*5 https://onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1111/gcb.15099
*6 https://www.nature.com/articles/s41467-020-15929-y

 私たちが把握している「人間活動による二酸化炭素排出」をゼロにすることが第一ですが、同時に、桁違いに多い自然からの流入と流出がどういう仕組みで変化しているのか、その変化が人間活動によってもたらされているのか否か、などについても注視しなくてはなりません。努力を水の泡にしないために大事な視点です。