レター「気候危機とは何か」を配信します。本レターは3部作で、今回は「その1」になります。メールの地の文では読みにくい場合には、全文掲載のPDFファイルを御覧ください。
「地域協働による脱炭素の取り組み」
気候危機とは何か*1
その1:安定な気候の危機:人間持続可能性への懸念
西岡秀三(地球環境戦略研究機関)
はじめに
2020年10月26日の菅首相の所信表明で、ようやく2050年脱炭素社会日本へ移行の号砲が鳴り、待ち構えていた産業界も一斉に動き出した。気候非常事態ネットワーク(CEN)もこれに呼応して地方自治体や企業等ステークホルダーを糾合し全力挙げて取り組む姿勢を宣言した。
脱炭素社会への転換は、国民の全てが覚悟を固めて取り組まねば達成できない今世紀の大仕事である。決してバイデン政権がパリ協定に戻ったとか、中国も2060年ゼロエミと言い出したからとか、コロナ後の経済回復に使えるから等の皮相的な理由でやるのではなく、宣言があろうがなかろうが、立ち向かわざるを得ない人類生存の問題、自然の理なのである。「危機」を打開するにはその危機がどのような性質を持っているかを理解し、対応策をそれに合わせてタイミングよく打ってゆかねばならない。いまの「危機」は「安定な気候の危機」だけでなく、気候変動への理解と立ち向かう「覚悟」の不足からくる対応遅れという「人間の気候危機管理能力の危機」でもある。
1.止め方を知らずに始めた温暖化大実験
1957年の「地球観測年」プロジェクトを指揮したスクリプス海洋研究所のRoger Revelle教授は温暖化を念頭に、「人類はこれまで誰もやったことがない、そして成功したらもう二度とやれない大規模地球物理実験を、この地球本体を使って始めている」と述べた。この実物大の物理実験が確かめたい仮説は「二酸化炭素を大気に放出したら温度は上がる」である。ただしそれが正しいことが証明されると人類も生存できないだろう、一回こっきりの実験である。
19世紀からすでに、人類は化石燃料を地球から掘り出しせっせと大気中に二酸炭素をため込みながらこの実験を始めていた。そしていまや地球温度上昇が確実に観測され、仮説が正しいことが証明され、実験は成功しつつある。そして暖かくなりすぎそうだから放出実験は店仕舞いしないといけないなと考え始めた時になって、われわれは止め方も知らずにこの実験を始めたことに気がついた。1990年ごろからIPCCやUNFCCCでどうしたら止められるか科学者と政策担当者が懸命に頭をひねっている間も排出は増え続け、温度が上がり続けている。みんなでゼロエミを目指すと勢いよく各国がパリ協定で約束したものの、2021年3月に各国が提出してきた削減計画を国連が集計してみても2030年までに1%しか減らない。世界の気候危機管理システムはもう破綻の危機に瀕している。
2.なぜ脱炭素社会に変わらねばならないのか:自然の理(ことわり)
温暖化はどうしたら止まるか。話しは簡単、風呂が熱くなり過ぎたらガスを止める。地球が温まり過ぎたら温室効果ガス(GHG)の排出を止める。
ガスが風呂の湯を温かくしていることはわかるが、温暖化は何しろ人類初めての経験である。もう50年以上も、気候の推移を観測し、GHGがどう地球を暖めて被害をもたらすのか、どうすれば止められるかを多くの科学者が探求した結果、いまではGHGが地球を暖めていて世界の気候全体を変えつつあることは確実とされ、排出している限り温度が上がり続けることが確認され、ゆえに温暖化を止めるにはゼロエミしかないことが結論されている*2。
この間、いつ止めようか世界で話し合ってきたものの、一方でGHG排出を増やし続けたため、温度上昇が工業化以前の1.2℃まで上がってしまった。どうも熱くなりすぎ(温暖化)始めたようだから、2℃以下、できたら1.5℃以下で何とか止めようとみんなで決め、これから30-50年のあいだにGHG排出をやめると2015年のパリ協定で合意した。その後1.5℃で止める利点が大きいとする報告や、気候の暴走が2℃でも起こりかねないという研究もでて、欧州主要国は1.5℃対応の2050年ゼロエミ目標を相次いで打ち出した。日本の2050年ゼロエミ宣言もこれに準じているようであるが、何℃対応かは明確ではない。
これまで人類はGHGを大量に排出する化石エネルギーに依存しながら生活し生産し移動し都市を作り上げてきたものだから、いまから急ぎ排出ゼロにするには、化石燃料をやめてゼロエミシステムに切り替えるためだけでは間に合わず、人々の行動や生産プロセス、都市の構造、法制度等社会全体を見直しエネルギー利用を抑えねばならない。温暖化を止めるにはGHG排出ゼロの脱炭素「社会」に変えることが必須なのである。
3.安定な気候の危機:排出を続けるのはなぜ危険か
なぜゼロエミが必然か?「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が30年かけて多くの研究を調べた結果、化石燃料を燃やして大気中に放出された二酸化炭素の約半分は森林土壌や海洋に吸収されるが、約半分が大気中にのこり、それが毎年蓄積されてゆき大気中の濃度を高める。そしてその濃度にほぼ比例して温度が上がり、気候を変えることが分かった。すなわち温度は二酸化炭素の累積排出量にほぼ比例して上昇する。わずかでも排出している限りその半分が大気濃度を高め温度が上昇する。だから温度上昇を止めるには一切排出を止める(ゼロエミにする)しか手はない。
温暖化は人類の持続可能性の問題である。温度上昇が続くと海水面の蒸発が活発になり水循環が増え多雨となる一方、雨が内陸深くまで届く前に蒸発してしまい旱魃も増える等、気候が不安定になる。太陽光を反射していた北極氷が解け海面が逆に太陽光を吸収し始めると熱吸収がダブルに効いてさらに氷を解かし周辺気候を急激に変える。こうした変動が最初は今ある脆弱な生態系や適応力の弱い社会に打撃を与え、高まってゆくと世界規模で農業生産や熱中症や感染症増加、気候災害多発で被害を拡大する。二酸化炭素吸収源である熱帯林が山火事や旱魃で枯死し逆に大量の二酸化炭素を排出したり、シベリア凍土が融解し二酸化炭素の26倍もの温暖化能力を持つメタンが噴出し始めると、それがまた温度を上昇させるという悪循環に入り変動が暴走し始め、人間の手では止められなくなる点(ティッピングポイント)に達する可能性も予測されている。温暖化は生態系や人類の生存を脅かす持続可能性の問題なのであり、早めに止めねばならない。
4.覚悟をもって「気候の危機」に対処せよ
結局「安定な気候の危機」が意味するところは、①温暖化は人間活動が原因である、即ち人間が止めることができる、②温暖化が続けば人の手では止められなくなる可能性がある、即ち人間を含む生態系の生存・持続可能性が問われており、急ぎ止めねばならない、③温暖化を止めるにはGHGの排出をやめる(ゼロエミ)が唯一無二の解決策である、即ち社会全体の変革で「脱炭素社会」へ転換することが不可避である。
この根本をしっかり理解し、ゼロエミ転換はやるやらない、やれるやれないの話しではなく必然である、との覚悟をもって政策を構築するべきである。覚悟なしでの施策が、やってる感を見せるだけの予算バラマキに終わるならば、それはかえって化石エネ社会のロックインを強めるだけになりかねず、長期的な発展にも人類の持続性維持の障害にもなる。日本主導でできた京都議定書の期間、欧州諸国は確実にGHG排出削減ができたのに日本が削減できなかったのは、この覚悟なしに、目先のバブル経済やバブル後の後始末のための、排出増に目をつぶっていたからではないか。
これまで日本ではなぜか、温暖化に否定的な見方が政治・経済界に強く、目標が「せいぜい何%削減が精いっぱい」で示される低炭素時代の消極政策しかなかったし、産業界の大勢は経済に負の影響があることを強調し脱炭素化に進まず、一部の先進企業だけが先を見た対応をしていた。
だが一旦、世界はゼロエミ社会へゆくしかないことを理解し覚悟すればそういった見方は180度変わる。安定な気候あっての人類社会であること、中西経団連会長がいうところの「もたない地球の上でやっている経済活動って何なのよ」(朝日新聞:2020年6月30日朝刊)の覚悟であれば、生存か経済かの二分論議は不毛である。どうせいつかはやらねばならない転換ならば、グリーンリカバリー*3とあえて名乗らなくとも、それを真正面から経済の主流に据えればいい。行きつく先の脱炭素社会のイメージはほぼ見えつつあるから、2050年に望まれる日本型脱炭素社会の骨格を固め、現状維持バイアスを振り切ってその世界にするには今からどのような政策を打ってゆくかをその将来から逆のぼってのロードマップをバックキャストでつくり、政策を進めてゆく。強い方向性が課されるから短期間に大変革をするため生じる摩擦も大きいが、転換が格差拡大につながらないような配慮を転換計画*4に事前に組み込めば、スムースな移行(Just Transition)が可能となる。
すべての個人・企業がゼロエミの生活・生産をすることになる。自分が当事者であることを自覚しライフスタイルを見直し*5、生産・流通プロセスを工夫することになる。このいずれ必ずなるし、ならねばならない脱炭素社会作りは「約束された大市場」である。社会のあらたな組み替えにはだれにもチャンスがある。高度なエンジン技術のいらない中国のEV市場には100社もの参入がある。様子見するより早い者勝ちで市場を確保すれば、learning by doingで優位に立てる。すでに諸外国は走り出していて、新しい秩序・規格・標準がそこで作られようとしている。早期に市場参入して発言しておかねばならない。
欧州で転換の話をすると、市民にもやるしかないという覚悟が感じられ、政府のネットゼロの政策にも、やりかたに対しての不満はあるにしても十分な理解をもって進められている。フランスでは首相の提案で一般市民による「気候市民会合」が週末を使って生活者視点からの提案をつくり直接議会審議にかける試みもなされている*6。首相も企業も市民も「人類のために、やるしかない三方よしの仕事」との覚悟を持つと持たないとでは、取り組みに関する気構え、責任感、参加の喜び、達成感、充実感、みんな違ってくる。この人類を救う大挑戦は歴史上そうそう体験できるものではない。誰でもが参加でき、誇りをもって未来を創るという、孫子に自慢できる大事業なのである。
結局「やるしかない」の覚悟の有無が、脱炭素社会転換推進の根幹である。
参考情報と注記
*1. 本稿は、筆者が国立環境研究所地球環境研究センターCGERニュース[Vol.31 No.11]通巻第362号2021年新春号に寄稿した、「脱炭素社会はなぜ必要か、どう創るか」に加筆し簡潔にまとめたものである。
*2. ゼロエミとは、温室効果ガス排出量から吸収量を引いた実質排出量がゼロであること(Net Zero Emission)。炭素中立という言い方もされるが、本稿ではゼロエミで代表させている。
*3. JUST/未来のためのエネルギー転換研究グループ(2021):「レポート2030:グリーン・リカバリーと2050年カーボン・ニュートラルを実現する2030年までのロードマップ」は、Just Transitionを目指したグリーン・リカバリーとして転換の資金規模、産業構造転換、経済影響を総合的に展望している。
4. 上記 *3および日本貿易振興機構アジア経済研究所(2020):IDEスクエア海外研究員レポート「「脱石炭」がもたらすもの――地域社会・気候変動・雇用(前編)」
*5 地球環境戦略研究機関(2020):「1.5℃ライフスタイル:脱炭素型の暮らしを実現する選択肢―日本語要約版」。小嶋・小出・渡部 は、個人の生活様式変化の効果を定量化している。
*6 環境政策対話研究所(2021):欧州気候市民会議―市民から変える脱炭素社会のゆくえ 仏英市民による気候政策意思決定過程への直接提案