2020年2月18日、トム・マーシャルという94歳の男性がアンカレッジの病院で静かに息を引き取りました。18歳の時にノルマンディー上陸作戦、バルジの戦いなどに従軍。勲章も受けました。戦後、コロラド大学で地質学を学び、ロッキー山脈での探鉱に地質コンサルタントとして従事した後、1958年にアラスカに移住します。
1959年にアラスカがアメリカ49番目の州になった時、アラスカ州政府は、州の地位に関する法律(Statehood Act)により、1億500万エーカーを上限として州政府が選択した土地を連邦政府から譲り受けることになりました。そんな中、譲渡の対象地を選定する担当助手として臨時に雇われたトムは、北岸のノーススロープ(North Slope)の159万エーカー(3,465平方km)を指定して申請するように上司や知事に進言します。その地下に石油が埋蔵されていると確信していたためです。
当時は「凍った大地の下から石油が出るわけないだろ」と考えられていて、トムは周囲から笑われ、州知事からも「おい、君はノーススロープは凍ってるってことを知らんのか?」と言われました。しかし最終的には知事の説得に成功。申請書を作成して土地管理局に提出しました。この時書類を受け取った職員は、嫌味たっぷりに一枚の紙に”マーシャルの愚行”(Marshall’s Folly)と書いて書類に添えて、山積みされた書類の一番下に押し込んだそうです。怒りに駆られたトムがこの職員を殴り倒した、という記録は残っていませんので、広い心の持ち主だったようです。
ところが1968年3月12日、ノーススロープ郡プルドーベイで石油が発見されました。これを境に、アラスカは一変します。すぐにプルドーベイとアラスカ南岸のバルディーズ港をつなぐ石油パイプラインの計画が持ち上がり、翌年には日本からパイプライン用の鋼管が輸入されました。その後計画は難航するも、1977年に長さ1,283kmのトランス・アラスカ・パイプライン・システムが完成し、生産が始まります。
莫大な石油収入を支えに、州政府は所得税を廃止し、市民一人当たり年間1,000ドルの小切手を発行したこともあるそうです。1988年には生産量が200万バレル/日を超えましたが、その後は次第に減少し、最近の生産量は50万バレル/日を下回っています。それでも石油・ガス産業の経済効果は大きく、2022年時点でアラスカ州政府の歳入の47%を占めています。
現在、このノーススロープで産出される天然ガスを精製し南部のニキスキまでパイプラインで輸送して液化する、アラスカLNGプロジェクトが計画されています。総工費は440億ドル。2031年の操業開始が想定されています。
2月7日にワシントンで行われた日米首脳会談で、日本はアメリカからのLNG輸入を拡大し、アラスカLNGプロジェクトについても共同事業に向けて協議を進めることになりました。
これは脱炭素の流れに沿うのか逆らうのか、投資は回収できるのか、生態系や自然環境、地域社会への配慮はできているのか。さまざまな点で注目していきたいですね。
それにしても、そもそもアメリカがロシアからアラスカを720万ドルで買収したのが1867年。その交渉を主導したのは国務長官ウィリアム・スワードですが、「何も無いただの冷たい荒野を買い取りやがって」と考えた人々からは「スワードの愚行」(Seward’s Folly)だと嘲笑されました。しかし30年後にはアラスカ内外で金鉱脈が発見されてゴールドラッシュが起こり、やがて地下資源が豊富だと分かり、第二次世界大戦後には軍事的・戦略的価値も大いに見直されるようになりました。
「スワードの愚行」と「マーシャルの愚行」。二つの”愚行”が、結局はアメリカが超大国として発展していく上で重要な意味を持っていた。面白いものですね。何が愚行なのか見えにくいこの世の中ですが、これからはどうなるのでしょうか。
さて、日本環境倶楽部の主催で「欧州のESG政策の最新動向」というテーマでセミナーが開催されるのでご案内します。
名称: 環境セミナー「欧州のESG政策の最新動向」
日時: 2025年5月1日(木)15:00~16:30
会場: オンライン
主催: 特定非営利活動法人 日本環境倶楽部
参加費: 無料
主な内容:下記HPより抜粋
EU(欧州連合)はESGの側面で企業に厳しい規制を課すことで、脱炭素や人権対応の推進と経済発展を目指してきました。ただ欧州企業の競争力が低下する中、企業の規制負担軽減を求める声がEU加盟国から上がっているのも事実でした。
前欧州中央銀行総裁のマリオ・ドラギ氏は昨年10月に「EUの競争力強化」に資する企業のインセンティブ重視の提言をEUに提言しました。12月には、2期目に入ったウルズラ・フォン・デア・ライエン欧州委員長が、企業サステナビリティー報告指令やサプライチェーン監視法の大幅緩和を発表しました。クリーン・インダストリアル・ディールによって鉄鋼、化学メーカーの脱炭素努力を支援し、域内の再エネ発電設備などのメーカーの強靭性も強化する方針です。
今回のセミナーでは欧州のESG政策の現状などを欧州議会内の体制や委員の役割なども含めて、35年前から欧州に住む元NHKワシントン特派員にご報告いただきます。生産性の向上や、エネルギーの安定供給と脱炭素の両立など、欧州の抱える課題は日本とも共通であり、また、欧州の政策変更は日本企業にも少なからず影響があり、奮ってのご参加をお待ちしております。
「欧州のESG政策の最新動向」
在独ジャーナリスト 熊谷 徹 様
詳しくはこちらをご覧ください。